実家のある仙台の様子を見てきました。
母が入院してしまったので(時々あることです)、
入院先のJR仙台病院へ行くのと、
私が担当した仙台駅前の店舗状況も見てくることにしました。
7日の夜行バスで行き、8日の夜行バスで帰ってきたのですが、
出発前の7日夜には、また大きな地震があり、
(みんなには心配をかけてしまいました!)
東北道の一部の高速道路が閉鎖されたらしく、
途中、一般道に降りたものの、
気がつくとまた高速道路に戻っていました。
最後の休憩地 、夜があけたばかりの国見サービスエリアでは、
姫路、神戸ナンバーの消防車と消防士さんたちの貸切バス、
支援を運ぶ大型トラック、赤帽の車、
全国各地のナンバーの車でいっぱいでした。
朝のひんやりした空気の中、
たくさんの消防士さんたちが休憩されている姿など
みんなの気持ちがひとつになって
東北へ向かっていることが感じられ、
じ…んと来てしまいました。
結局30分程度の遅れで仙台駅に到着。
駅前付近は、ぱっと見なんともないようでしたが、
よく見ると、陥没している箇所があったり、
外壁タイルやガラス窓が落ちて、ネットに覆われているビル、
頭上注意とかかれた場所も多く見かけられました。
結構ひどいのが前面すべてシートで覆われた仙台駅。
立ち入り禁止区域がたくさんありました。
休業になっている店舗も多く、
荷物もコインロッカーに入れたかったのですが、
前夜の地震の影響で使用禁止になっていました。
朝は、駅前付近の信号も機能していませんでした。
ベーカリーショップには出来立てパンは一切なく、
コーヒーや焼き菓子だけの提供になっていました。
お取り引きがある施工会社さんのビルへ伺いましたが、
エレベーターは停止、
壁もいたるところでクラックが入っていました。
昨夜の地震で、再び被害状況の確認に追われていました。
担当したブライダルドレスのサロンも
駆体に入ったクラックなどを
ビル側が補修してくださった後だったのですが、
昨夜の地震で
再びひどい状況になってしまっていました。
揺れている時間は短かったものの、
揺れ方は前回よりひどかったそうです。
什器など内装会社として工事したものはほぼ影響なく、
駆体の方の問題なので、ビル側が補修してくださるようです。
仙台はまだまだほとんどのエリアがガス復旧していません。
スタッフさんたちの入浴状況も聞きましたが、
みなさんいろいろ工夫しつつ、
ホテルのスパが解放になっているものを
利用させてもらったりされているとの事でした。
「お風呂入らなくても、結構何とかなるもんです〜!」と
美人女子たちも笑顔でおっしゃっていました。
いろいろと状況を教えていただき、
みなさんの不安を聞いてあげられるもだけでも
伺えてよかったと思いました。
余震がいつおさまるかわからない中、
様子を見ながらやっていくしかないと
おっしゃっていました。
母の病院も、かべに派手なクラックが入ってはいましたが、
正常に機能しているようでした。
お陰様で、母はかなり痩せてはいたものの、状態は落ち着き、
一ヶ月ぶりに入浴もさせていただいてさっぱりした顔でした。
(母は、重症な方々に迷惑になってはいけないと、入院せずに自宅で2日間我慢していたようです。父のケアマネージャーさんの勧めと、主治医の先生のご厚意で入院することになり大変感謝していました)
介護が必要な父も、問題なく
ケアセンターで宿泊させていただけでいるとの事で、
とてもホッとしました。
(デイケアも普及して入浴もできているとの事)
市内では品薄商品はあるものの、
ほとんどの品物が調達できる状態に復帰しているとの事でした。
(私はガスボンベのみ持参しました)
ガス復旧がまだであっても
“通常営業はじめました!”の貼り紙がされている飲食店も多く、
オール電化なのでしょうか???
ガスは危険性が高く、なかなか復帰できないのでしょうね。
一時はガス臭いところもあったそうです。
有事に向いているライフラインシステムが大事ですね。
市内の方々は、直接的ではないものの
被害地域に接点がある方も多く、ひと事ではありません。
深い悲しみをおさえつつ、
創造を超える復興作業を心配されていました。
壊滅的な災害を受けた地域はもちろん心配ですが、
やはり年老いた両親の状況が不安で常に気がかりで、
不安ばかりが募っていましたので、
様子を知ることができ本当に有り難かったです。
「何もできないけど、仙台に行ってこようと思って…」と言った時に
「顔を見せるだけでも親孝行よ!」と友人から言ってもらい
気がラクになれました。ありがとう。
そして、
いまこの瞬間も復旧作業に尽力されている皆さま、
本当に本当にありがとうございます。