仕事に復帰してからは、まさに綱渡りのような日々。
二重保育もお願いし、毎日があっという間に過ぎていきました。
客観的には、バリバリ働く理想のママのように見えていたかもしれませんが、実情はとんでもありません。いくら人生哲学の本を読んでも、自分を責めて落ち込むばかり。外身と中身がバラバラでした。
自己解決への道
体調まで悪くなり、どう生きていいかわからなくなったのが2007年頃。ベッドから立ち上がるのも苦しいくらいにカラダはだるくなり、整体や病院、カウンセリング、自然療法など、、、ワラをもすがる思いでした。以前から、『 自分はデザインするもの 』という意識はあったのですが、その頃から、“ 生き方をもっと学ばなければ ” という意欲が高まりはじめ、本だけでなく、セミナーや勉強会にも積極的に参加するようになっていきました。
しかし、以前から興味があった心理学やカウンセラーとしての学びをはじめた途端、ぱたっと行き詰まってしまったのです。私の中に、自己信頼への大きな壁があることに、改めて気づかされたのです。自己解決できていないカウンセラーなんて、ダメだと思いました。
どん欲に自己解決へと姿勢が切り替わり、スピリチュアルな分野も含め、何でもチャレンジしてみようと思いました。催眠療法やチャネリング、瞑想、自然療法などなど…さまざまなものを試してみました。
それまで、私は公務員の家庭でごくごく普通に育ったと思って生きてきたのですが、よくよく考えてみると、自分や他人を信頼できるような教えは、親から何も伝えられていない事に気づきました。まともに褒められた経験など一度もなく、常に“ 頑張れ ”とか“ 我慢しなさい ”とか、“ 変わった子 ” というメッセージを受け取ってきたのです。
自分があたり前のように信じてきたことや思い込みがたくさんあった事に一番気づかされたのは、自己啓発系の体感型ワークショップに参加した時でした。私の古い信じ込みが崩壊し、新しい自分が生まれたかのようで、本から学べる知識よりも、体感することの素晴らしさに気づかされた第一歩でした。
その頃から、いったいどれだけ涙を流したでしょう。私を守っていたバリヤーが脆弱になったようでした。少しずつ自分が変わってきているとは思うのですが、ちっともラクにはなれません。むしろ苦しいくらいで、心の中には、「ダメだダメだ」と、やはり責め続ける自分がいました。活躍している友人たちの輝きを見る度に、いつか自分にも光がみえてくるのだろうかと、不安がつのるばかりでした。
初めてそのままの自分を受け止めてもらえた驚き
ある時、私は心理学の本を購入しました。ナサニエル・ブランデン氏の著書でした。
でも、私はその本の内容よりも、何故だか翻訳家の方にどうしてもお会いしてみたくなり、勇気を出してぽこぽこ(現マイセラ・ジャパン)のドアを叩いたのでした。運命のような気がしました。2010年の秋でした。
はじめての訪問で、これ以上ないくらいの笑顔で迎えてくれた郁恵さん。それだけで、もうウルッときていました。
マインドフルネスになって、私は子どもの頃の話をしました。母と兄と外出する時、なぜかいつも私がぐずり、ある日、一人だけ家に置いてきぼりにされた思い出ができてきました。それがどんなに寂しかったか…。どんどん小さくなっていく母と兄の後ろ姿を窓から見て、涙がとまりませんでした。
また、叱られても強情に謝らなかった時のこと、「泣き声がみっともない!」と言われて、余計に大声で泣いたことなど、、、いろんな事が思い起こされました。
そんな私に、郁恵さんは、『それには、何か、ち〜ゃんと理由があったんだよ』とか、『そういうゆみ子ちゃん、いいよ』と、言ってくれるのでした。はじめてでした。反抗的な私に対し、親からけなされた記憶しかなかったので、正直、『えっ?』という感じ。
私の気持ちを、はじめて否定しないで聞いてくれる人に出会えた。
ただただ泣いて泣いて、、、郁恵さんにすがって泣き崩れました。そして、別に親じゃなくても、誰かが本当の気持ちをしっかり受け止めてくれさえすればいいんだ。それがわかりました。
「本当の私は弱くない」という言葉を発している自分
それから、更に何度か個人セッションやグループワークを経験し、最初にすごい事が起きたのは、2011年の2月。数名でグループワークした時のことで、郁恵さんとは5回目のワークでした。
マインドフルネスになり、背中の違和感からフォーカスして出て来たのは、“ 言いたいことが言えない ”、“ 口に出して傷つくのがこわい ” という感情でした。「本当の気持ちを言いたい、でも言えない、言えない…。」根気づよく郁恵さんがサポートしてくれて、突然、ふっと自分の中から言葉が出て来たのです。「わたし、そんなに弱くない…。」「わたし、そんなことで傷つかない。強くて、、、虹色の、、、絶対傷つかない、、、本当の自分のイメージが見える。言っても、言わなくても、、、どっちでもいい!」何故か、きっぱり言い切っている自分がいました。
このゆるぎない自分の感覚を体感した途端、急に何かが変わってしましました。涙がとまり、笑顔が出てくるのです。頭で考えていることと、自分の中から出て来るものの違いをはっきり体験しました。
この体験から、私は大きく扉が開かれた気がしました。私、本当の自分になれるかも、と思えるようになりました。
バリヤーが溶け、いのちといのちがつながった瞬間
そして2011年の春から、本格的にトレーニングコースで学ばせていただくこととなりました。
トレーニングでは、あらゆる事をやってきて、もう、ここしかない!と思って来ました、、、みたいな人が集まって来たようで、あっちもこっちも切羽詰まってました(笑)。でも、自分だけじゃない、という安心感もありました。ここでは何でも言い合えるし、感じた事をみんなに受け止めてもらえる。
こんな場所がいっぱいあったらいいのに…心からそう思いました。
トレーニングコースで起こった私の大変化は、夏合宿の合同のワークでした。
いつも頑張っていなきゃいけない、本当の自分がわからない、信じられない。私は最低。人から慰めてもらったり、励まされるのも受け取れない…マイナスの感情が次々出てくるのですが、、、それをどうしていいかわからない。固いバリヤーがあり、私のワークは行きづまってしまいました。
その時、突然、Mちゃんが私のすぐ目の前に来てくれました。
「 ゆ…み…ちゃん、、、何をしていいか全然わからないけど、、、ゆ…ゆみちゃんの、い…いのちに聞いてみたい、、、」Mちゃんの言葉は、聞き取れないくらいに震えていました。
その瞬間、Mちゃんの真心が私のハートを解かしました。もう、言葉はいりませんでした。Mちゃんの飾らない精一杯の気持ちが、私の胸の奥にしみ込むようで、嬉しくて、有難くて、心から“ 私、ひとりじゃない ”って、初めて思えました。心と心は、一瞬で繋がり合える。。。
そして、「 もう、だいじょうぶ! 」と言っている私がいました。あったかい涙があとからあとから溢れてました。
この日、Mちゃんからいただいた愛と共に、私の中で、大きな気づきがありました。
それは、“ いのちと繋がるのに、テクニックはいらない ”ということでした。『かたちを学ぶのではなく、内なる声や、その場におきるいのちのプロセスにゆだねる』という、マイセラの真髄をこの体験から実感できました。本当に素晴らしいギフトをいただけた出来事でした。
自分とも、人ともつながれて、変わったこと
このようなことがあって、では別人のように毎日行動しているかと言うと、そうではありません(笑)。でも、これだけは、はっきり言う事ができます。私のいのちは、誰かのいのちと繋がれるということを知っているんです。私の心の奥では、種火のようなものがいつも灯っているんです。マイセラのみんながさらに愛しくなって、仲間ひとりひとりのいのちが輝きはじめるのが、自分のことより嬉しく感じるのです。
自分や誰かのワークを通して気づいたことは山ほどありますが、本当に大きなギフトは、『どんな事にも揺るがない強い自分を知ったこと』と、『いのちといのちが繋がった体験』だと感じています。
そして、どんなに本を読んで頭で理解した気になっても実践出来なかった、“ 自分を信じてゆだねる ”という境地に、いま、少し近づいた気がしています。私が解決したかったことは、まだ何も変わっていないのですが、何だか根拠のない安心感がわいてくるのです。責め続けていた行動力のなさも、何とかなるさ的な感じで、自分を取り繕う感覚も減りました。親とのわだかまりも、ずっと小さなものに変わっています。
事実は何も変わっていないのですが、私の捉え方が変わったのです。これからの自分の道に関しても、ぼんやりですが新たな意欲が湧いてきています。いのちある限り、自分の可能性にチャレンジして、周りへいいエネルギーを発信していきたいと考えています。
こんな日が来るなんて、、、郁恵さん、マイセラのみんな、本当にありがとう。
やっとスタート地点にたどり着いただけなんだろうけど、私にとっては本当にスゴいことです。セラピストとしてはまだまだ何も出来ませんが、苦しさを感じた時に、ひとりでマインドフルネスになって自分と向き合うのは、日常的なことになっています。
最高のナビゲーターが、自分の中にいるんだもの。このシンプルな方法で、たくさんの方に、ご自身とつながったり、共感してもらったり、みんなとつながる体験をしていただきたいと願っています。マイセラは、絶対、世に広めていかなければいけません。郁恵さん、みなさま、これからも末永くよろしくお願い致します。そして、未来のたくさんの仲間たちに会える日も、楽しみにしています。
〜 こころの底から、感謝をこめて 〜